2005年2月27日日曜日

こういうのは怨念なんだろうな


ALCのTOEIC指導者向けセミナーに言ってるんだけど、、、
(僕は、教えた経験もなければ、未だ860なので、実力不足だけど、興味があって参加させてもらった)
TOEICに関する情報(授業をする側も含めて)を教えてもらえるんだけど、、
そこで、いろんな人の教えるスタイルを見てるんだけど、、、

ふと、その人達のこととは関係なく、、高校の英語の授業を思い出した。高校生の頃、全く自宅で勉強したことがない生徒だったので、当然のごとく宿題はやらない、予習復習はしない。授業も何がおもしろいか分からないので聞かない。当然の如く、学校の成績は悪かった。
確か高校の頃の先生もこうしてたなあ、、と。
英語の文章を言って、日本語で解説をして、時々のここら辺の文章の意味を言ってみろと、、、だいたい単語や熟語がちょっと難しいところで、当然の如く、知らない。あほらしい、それが分かってなんになるんだと、、思ってしまう。そこで語句や単語の意味を知ることは、なんの知的好奇心をも刺激しない。英語なんか好きでも嫌いでもないよ、、興味ないよ、、なにがおもしろいんだと、、他の教科の知識は、少なくとも聞いたときに、ああ、世界はそうなってるんだ、、(個人の内面でも、時間の流れでも、空間に広がりでも)。
でも、英語にはそれがないじゃないか、、

だから、英語の授業というのは、やっぱりスポーツに近いんだろう。
知る事が楽しい教科ではなく、何かを動かすのが楽しい領域。
スポーツの時間にルールの説明を延々して、それで授業が終わったら、暴動が起きるだろう。そんなのに興味ない。
英語を使って、コミュニケーションのゲームをするのが楽しいのであり、ルールを勉強してもなあ、、多少は当然必要だが、、
そして、上達するためには、
両者ともトレーニングなんだよな、、ここに工夫するエネルギを投入しなければ、、、

意味不明の文章ですが、生徒に訳をさせたり、先生が訳をいうのは、無駄というか害が多いと思うぞ。
訳もコミュニケーションのゲームをする為のひとつの道具建て(イメージ喚起に為)のひとつなんだから、最初の段階でもらってないと
楽しめないじゃないか、、訳を知る事は、ちっとも気持ちを喚起しないぞ、、、で、そのゲームをすることによって、ルールを覚えていくにきまってるじゃないか、、、知らなかったら、そこでサクッと言ってくれればいい、、

どこのスポーツ教室で、ルールの解説と知識を生徒に問う事を、主な時間割にする所がある?まあ、あるかもしらんが。
読解については、そこに発見があるとすれば、それは語学ではなくて、他の科目、領域だし、、

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