2005年5月17日火曜日

スピードを測ってみた

I tried to count of how many minutes can I make the sound of "K" or "M"in 100 times.


T for 48 seconds.


M  for 68 seconds.


What is that? nobody knows. even me, it is unsure.


anyway I aim to take away from my ingrained habit when I speak my English with the execise.


I wish I would be able to relax my joe during these periods.

2005年5月15日日曜日

二人で説明

国際会議なんかでは、両方とも同じ言語に堪能でも、慎重を期すために母国語に直してくれる通訳を雇って、時間稼ぎをするそうだ。


思いつきとしては、なにかモノを説明するときは、二人で同じ内容のことを繰り返ししゃべるのは、聞き手としてはいいじゃないかと、、、一人で二回繰り返すのは、精神的にあかんし、同じ内容を違う表現でするのもいいような気がするけど、限りなく同じ表現の方が聞き手の理解としては、いいのかな、、聞いてる方も我慢ができないかもしれないので、結局、どの程度の冗長さをとるかの話なんだけど、、、


話は簡潔に、、と言われると、、、冗長の方が情報量が多くて、理解が容易なんじゃといつも思う人としては、そう思う。


世のほとんどの問題が、程度問題だとするなら、話を簡潔にと、話を冗長には、同じことを言ってるんだろうけど、、多くの場合、冗長のがいい。(時間の制約がとても厳しい場合はあかんが、、、戦争とかスポーツとか)

2005年5月6日金曜日

能力開発

昔、証券会社で営業してる時に、なんで、みんなそんなに異常に非常に損失に敏感になるのかなと思っていた時があって、それは他人にあいつは損したと指を指されるのが嫌なんだろうと思っていた。



実際、多少の損失は問題ないはず人で、全体でカバーできるものでも、損失を忌み嫌ってた。で、反対にいったん取引しだすと、損失に無頓着になり損きりしない例が多い。



で、これは金融に対する投資なんだけど、自分の能力に関する投資もそういう面が多いなと、、、速読とか英語とかに躊躇したり、他人に話したがらないのは、ゆび指されるが嫌なんだろうと、、確かに嫌なんだけど、、、



ただ、それで判断に合理性を欠くのは、もっとも忌み嫌わないといけないのかなと思いました。発音取得に大金をブッコム自分への合理化でした。