経済歴史物を読んでて思うのは、それが当時の倫理観に反していたがゆえに、抵抗を呼ぶことがあるということ。金本位制へのこだわりや、ある中央銀行の反インフレへのこだわりとか。
もちろん、倫理的に悪い事が世の中を混乱させることの方が多いので、、、ということがあるというものだが、、
学習法でも、同じことがあるような気がする。
英語を読むときに、日本語の訳をみるのは、倫理的に反してるという気持ちが払拭できずに、難しい英語にトライしてる。意味がわかる英語を読まなければ、血にならないのに、、
で、わからない英文を読む一方、ボキャビルに精をだす。
で、ボキャビルで、英語と日本語の言葉のみを一致させようとするので、会話スピードの200w/mに追いつけない。100w/mでは、一生会話のスピードで理解できない。
英語とイメージを一致させる必要があるのに、で、この場合の英語は、英単語でなく、分、または、チャンク。
で、英語とイメージを一致させるのは、
実際にその状況を経験する。
本の中のストーリーで、文脈の中で、その英語を経験する。
だと、思う。
英単語と日本語を一致させる作業、単語カードなどは、僕自身、あまりやったことがないので、あれだが、、非効率にみえる。最低でも、英語を見たときに、映像を想起する作業にするべき。
その為に、英語に日本語のルビが必要だと思ってる。英語の訳を考える作業なんて、英語力の向上の最終段階だ。
日本語のルビを見て、文脈が追えて、そのなかで英語をいれてく。いちいち、マウスで辞書を引っ張り出すのは、非効率だと思ってる。
英語の文章に日本語を入れるのが、倫理的にまずいという感覚が多くの人を縛ってると思ってる。僕の意見。
特に、年を取ると、倫理観に逃げる人が多いように思うので、僕自身を気をつけなければ。
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