2009年12月9日水曜日

読書メモ:プロパガンダ(ペイソの子孫たち)

アンソニー プラトカニス¥ 3,360
社会心理学:3位 (2009.11.26)

37に分かれた部の最後。題名は、「ペイソの子孫たち」。ギリシャに説得の女神ペイソというキャラがいたらしい。

抜き出し(圧縮、改変してます)

知恵は、「説得は人間の卑しい心を克服するときに使われるべきである」。

「社会において、説得はどのようなものであるべきか、どのような役割を果たすべきなのか」という問題である。

われわれは、常に説得を試みているのである。

倫理的問題の存在とその重要性を指摘し、それらを考慮するための二、三の方法を示しておく責任はあると思う。

説得術の「道徳性」は、善かれ悪しかれ、目的達成に成功したかどうかにかかっていることが多い点に注意しておきたい。

目的を評価することによって、説得行為の倫理性を判定するという方法。目的が手段を正当化するということになる。

この売り込み文句を使いたくないなら、どんなメッセージなら気持ちよく使えるだろうか。コミュニケーションの目的からメッセージの内容に議論を広げる。

罪のない嘘はどうなるのだろうか。たとえば、誰かの感情を不必要に傷つけないために、人は嘘をつくことがある。

自分の主張を最も効果的な方法で表現するだけなのだ。その一方で、自分が知っているすべての情報を与えないことについては、若干の後ろめたさを感じている。

ゲ-テ、「良心は観察者に備わった美徳であって、行動を起こす側のものではない」。

「手段がしばしば目的を決定する」、言い換えれば、説得術の選択がわれわれの信念や行動の質を決定するということである。

歴史家たちは、ヒトラ-の残虐行為には、もう一つ理由があったと考える。第一次世界大戦中イギリスとアメリカが敵国の残虐行為の宣伝を濫用したということが広く知られていたという事実である。現代のアナリストたちは、多くのアメリカ人が選挙を棄権するのは、選挙キャンペーンは意味のない誇大宣伝だと信じてるからと考えている。これを古い格言で言い換えると、「ヒューリスティックの説得によって生きるものは、ヒューリスティックによって死ぬ」となるだろう。

説得の方法を詳しく調べ、大衆扇動家のふざけた振る舞いを非難できる。当該の問題に関する充実した聞かれた討論もできる。

僕の感想:

最終章。著者のメッセ-ジであふれてる。べき論が目立つ。倫理的なメッセ-ジ。説得行為はどのような状況なら正当化されるか。少なくとも、目的によって、手段が正当化されるのはどうかと。また、歴史的には勝利者バイアスが掛かっている点にも注意。

つまり、正解はないと。ゲ-テの言葉はなるほどな!だ。

性善説なら、説得でつまらない手段をとれば、それはいつか効力を失う、となる。しかし、ヒュ-リスティックで勝ち得たベネフィットは、短命かかもしれないけど、ベネフィットはあるわけだし、繰り返し効果もある。

取り得る手法の卑しさレベルが、目的の卑しさレベルを決定するのも、そうなんだろうけど、それを言ったら、みんな卑しくなってしまう。俺たちは資本主義の犬という話になってしまう。救済してくれるのは、勤勉思想プロパガンダだけだ。

 

本全体の感想:

良い本という事で、読書メモを付けてみた。洗脳・プロパガンダ社会の生き、インタ-ネットでミ-ムの伝搬力、速度も速くなっている今、なんとなく分かっていても、言語して整理するのも有効だろうと思ったからだ。抜き出し+感想という形を取ったけど、見返すのには役に立ちそう。本を読む事が、理解すると感じるの二つとするなら、二つを抽出できたわけで、よかったなと。

しかし、認知の歪みを少なくする方法はないのだろうか? ないのかも。歪みが主観的なものである以上、理解がどこまで深いかしかないのか。深い理解と賭ける時間の最適化か。

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