2009年12月2日水曜日

読書メモ: プロパガンダ(プロタゴラス)

アンソニー プラトカニス¥ 3,360
社会心理学:3位 (2009.11.26)

ユーブライドならきっと見つかる。理想のお相手。

 

とりあえず、見る面は二つは確保する必要がある。

抜き出し+要約

哲学者プロタゴラスは、いかなる問題にも二つの側面があると考え、市民もこれに同意していた。すべての当事者が当該の問題の二つの側面を理解したときに、説得は成功する。すなわち、一方の意見を反対の意見と対置させることによって問題が明確化され、可能な選択肢の有利な点と不利な点が明らかになってくるのである。

アメリカの法制度は、訴訟の当事者それぞれが、どちらの主張が妥当かを決める陪審員に対して、自分たちにとって最も有利な申し立てをするべきであるという理想にもとづいている。

今日のさまざまな説得を眺めると、たいていの場合、討論とか比較というものが欠けていることが分かる。

1970年代の初頭、連邦取引委員会(FTC) は、これが自由取引の制限にあたるので告訴に踏み切る可能があることを示唆し、ABC、CBSなど主要な広告主に政策の転換を強く求めた。広告史家ステファン・フオツクスによると、その結果、比較広告は増加し、ブランド・ポジショニングという新しい広告哲学が開発された

ブランド・ポジショニングの考え方によると、市場占有率は、特定のセリング・ポイントまたは消費者ベネフィットと、ある商品とを結びつけることによって高めることができる。消費者の頭のなかにブランドを位置づける最も良い方法の一つは、競合ブランドと比較することである。レンタカー会社のエイビスは、私たちはNo2であるので、より一生懸命努力するつもりだと主張することによって、業界トップであるハ-ツの地位を脅かした。

したがって、売れ筋のブランドに対して比較広告が用いられることは稀である(新参のブランドの広告をただで引き受けてあげる理由などない)。むしろ、売れ行き一番のブランドと混同されることによって利益を上げられる可能性があるチャレンジャーによって使われるのである。

おそらく送り手の信頼性の一つの属性は、重要な問題の二つの(あるいはそれ以上の)側面を、どの程度公正かつ知的に考察し、それを伝達するかによって決められるべきだろう

 抜き出し部分(多少、変更)が多くなった。ギリシャ時代には、物事は二つ面から論じられる事が重視された。それは、現代にもある程度引き継がれている。二つ以上の面から論じられると、この面については、こっちはこっちで、、、と比較モ-ドに入る。これが、ギリシャ以来の理想の一形態となる。アメリカの陪審制度もそうだし、広告においての比較広告もそうだと。

本の筋と離れるけど、新鮮だったのは、比較広告が良いものとして扱われてる点。米国では広告主たちが嫌がるのを政府側が転換させたと。なんか日本とは議論が逆なような気がするけど。日本で比較広告が禁止される理由はなんだっけ? 品性が無いからだったか? 消費者サイドに力点を置くなら比較広告は奨励されてもいいと思うのだけど。 とりあえず、ネットで比較できるようになって、消費者は恩恵を受けた。ネットを使えない人は、不当に高く買わされると、消費者庁に文句をいうべき。

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