2009年12月8日火曜日

読書メモ:プロパガンダ(ニュ-スとは?)

アンソニー プラトカニス¥ 3,360
社会心理学:3位 (2009.11.26)

最終章の情報戦略が失敗するときにいる。

前回は、認知不協和による失敗と対策?が書かれた。次は、いわゆるニュ-スというものは効果がなく、結果、変質して、広告になる話。

抜き出し(圧縮、改変あり)

何らかの検閲なしには、厳密な意味での宣伝は不可能である。宣伝を実行するためには、大衆と出来事との聞に障壁がなければならない。より好都合で望ましいと思われる疑似環境が作られるまでは、真の出来事への人びとの接近は制限されなければならない。その出来事を曲解する可能性があるからである。大衆に対して何の出来事のどの部分を見せるかが決められないかぎり、大衆がその出来事をどのように曲解するかは誰にもわからないのである。

西側民主主義社会においては、日常のニュースの選択には、検閲以上のものがある。テレビニュースは一種の娯楽番組なのである。ただ単純にわれわれを楽しませようとしているからなのである。

ク-・クラックス・クラン対市民の小さな争いのほうが、善意に満ちた平和的なデモ行進よりも明らかに娯楽性が高かったためである。

どんな革命家にもカラーテレビが必要だ。ウオルタ-おじさんはアメリカの地図を引っ張り出してきて、火花が散っている大学に丸印を付げた。戦況報告だ。これを見た学生はみな、「ワ-すごい。ウチの大学もその地図に載せたいなあ!」と思った。

ヒトラーやプラウダは結局失敗したが、娯楽性を求めるわれわれの飽くなき欲望は、最後には成功を収めるかもしれないのである。

僕の感想:

最終章のタイトル、情報戦略が失敗する時、は内容を上手く表してるのか疑問になってきた。

この章は、ニュ-スは、娯楽性の検閲を受けざるえず、それゆえ、ヒトラ-やソ連なんかより丈夫で長持ちだという話。

説得の為にはメッセ-ジ、メディアが必要だけど、メッセ-ジは、娯楽性が付与されないと生き延びられない。娯楽性を獲得したメッセ-ジは、最強のミ-ムとなって、人の認知のなかに居住する。

プロパガンダには、いろいろ手法があったけど、メディア上では娯楽一本やりでもいいのかも。娯楽を握るものが、メッセ-ジを握る。

0 件のコメント:

コメントを投稿